誓い。
氷高颯矢
カトレア王国に新たな王子が誕生した。
現・国王アスファルドには、長年、男の子が生まれなかった。
その為、年の離れた王弟・アーウィングを皇太子としていた。
しかし、こうして後継者である王子が誕生した今、アーウィングの立場は微妙なものになった。
アスファルドとアーウィングは母親が違う。
前・国王は、2度の結婚をした。
彼は、アスファルドを生んだ后を亡くした後に、アーウィングを生んだ今の皇太后を娶った。
二人の后には、身分差があった。アーウィングの母は王族出身だった。
それが、ここにきて問題を大きくしているのだった。
新王子を推す現国王派の若手貴族と、アーウィングを推す保守的な重臣達の間で、
国王アスファルドは揺れた。
「僕は、兄上を悩ませるくらいなら王位継承権を放棄します!」
"成人の儀"が終わると、次は"立太子の儀"が執り行われる。
その儀式を経て、正式に皇太子として認められるのだ。
アーウィングは、"成人の儀"を終えたばかりの御前で、そう宣言した。
「もう決めました。王統は一つに統一されるべきなのです!」
「しかし、アーウィング…それでは余りにも…」
「良いのです。僕には兄上ほどの才覚はありません…。
ですから、どうか聞き入れてください…お願いです。
僕は、自分が争いの原因になるのは堪えられないのです…」
アーウィングは真剣だった。アスファルドはそれだけに悲しかった。
「アーウィング=カトレーニア…これをもって、王位継承権の放棄を認めるものとする…」
震える声でアスファルドは宣旨を下す。アーウィングは晴れやかな顔で笑った。
「これで良いのです…親愛なる兄上…」
アーウィングは、王位継承権を失ってから、王宮を離れていた。
母親と共に幼い頃に過ごした思い出の離宮を訪れていた。
王宮にいれば、自分を担いで政権を我が物にしようと考える者達が跡を絶たない。
それに比べて、ここの生活は静かなものだった。
「穏やかだ…。こんな暮らしに憧れていたんだ…」
「若君はいつも言っておられましたものね…」
「ハンナには悪い事をしたね?」
この乳母は、自分の将来に一番の期待を寄せてくれていた。
だから、こんな事になってしまって、少し申し訳なく思っていた。
それでも、自分の世話をするために付いて来てくれたのは、正直言って嬉しかった。
「あー、でも…これからが大変だよなぁ…。
騎士…は、無理だし。王宮政治には、絶対、係わりたくないしなぁ…」
「では、商人になられますか?」
「う〜ん、僕に商才があると思う?」
「いいえ、全く…」
ハンナはクスクスと笑っている。
「真剣なんだからね、これでもさぁ…。
やっぱり、領地をもらって、地方領主にでもなるかなぁ?」
「それがよろしいでしょう…若君は、人の上に立ってこそ、人の役に立つ御方…
やはり、次代の王としての教育を受けていらしたのですから、
それを活かさないのは勿体のうございます…」
もっともな意見だ。確かに…それが一番、世の中の為かもしれない。
「でも、もう少しの間は、こうしてのんびりとした生活を送りたいな」
「もう、大人になられた方とは思えないセリフですこと…」
「いいんだよ!
これまでは、ずっと皇太子としての生活に縛られていたんだ…。
だから、これくらいのワガママは許して欲しいな?」
アーウィングは、少年らしい無邪気な笑顔で答えた。
それから、二ヶ月ほど経ったある日、王宮からの使者がアーウィングを迎えにきた。
「何の用かと訊いている…僕は、もう直接王宮には関係のない身だ!」
「国王命令です!王宮にお戻り下さい、アーウィング様!」
どうやら、切羽詰った話のようだ。
「わかった…母上のご機嫌伺いもしたいし、一度戻るのも悪くない、か…」
二日ほどで王宮についた。すると、大臣・公卿が勢ぞろいでアーウィングを迎えた。
「何があったのです、兄上?」
アーウィングには何が起きるのかわからない。
「お前の縁談が決まった。どうだ、良い話だろう?」
アスファルドはニコニコと上機嫌だった。
「はっ…?あの、今、何と…?」
「縁談だ」
「縁談〜?ぼ…僕がですか?」
アーウィングは余りのことにうろたえる。
「以前、姉上の子息・セラトリークと、クレツェント王女・ライラ殿との間に
婚約の話があった事を覚えているだろう?」
「はい…あのような不幸な出来事、忘れようがありません…」
ライラ王女が魔族に攫われた事で、両国の姻戚関係を結ぶ事はできなくなった。
「ライラ殿には双子の妹姫が居られる…
その姫の婿として、そなたを欲しいと向こうから正式な申し込みがあった。
より深い、両国間の結びつきを向こうは望んでいるのだ。
私としては、その申し出を受けたいと思っている…どうだ?」
「どうだと言われましても…セラトリーク殿を差し置いて、
僕が、その話を受けるというのは…気が、咎めます…」
セラトリークは、ライラ王女との結婚を心から望んでいた。
その彼女を目の前で魔族に奪われて…それなら、
せめて、その妹姫と結婚させてやっても良いのではないか?
あの事件以来、彼は魔族を以前にも増して憎んでいる。
アーウィングは、魔族討伐に躍起になっている年上の甥が可哀想でならなかった。
「この話は、そなたの為のものだ。セラトリークには可哀想だが、諦めてもらう。
私は、そなたには幸せになってもらわねば困るのだ!」
「兄上…」
「年が離れている所為か、そなたを息子のように思うてきた。
実の息子が生まれようとも、その気持ちに変わりはない。
だから、そなたを王位につけることが叶わぬ今、
他国の者となることを承知の上で、私はそなたが国を治める姿を見たいのだ。
愚かな兄のワガママを、きいてはもらえないだろうか?」
アスファルドはアーウィングを抱きしめた。
「――…はい。…兄上、僕は貴方に従います。
国のため、王家のため、この身が役に立つのでしたら、喜んで捧げましょう…。
それが、王族として生まれた僕の務め、そして、敬愛する兄上への徳になるのでしたら…」
アーウィングは、この兄が望むのなら、その通りにしようと心を決めた。
彼にとっても、兄の存在は父親に等しかった。
それだけ、愛情を受けて育ったのだ。
その兄の望みに応えてこそ、受けた愛情を返せるというものだ…。
そうはいっても、気になる事がアーウィングにはあった。それは、相手の姫の事である。
「どんな人なのだろう…?」
噂では、かなりの美しい女性らしいが、この目で見た事がないだけに真実はわからない。
予定では、八の月に向こうの国で婚約披露パーティーが行われる事になっている。
それまでに、会ってみたかった。
アーウィングは、結婚するなら相手を心から愛したいと思っていた。
政略結婚だからといって、相手を粗略に扱いたくはなかったし、
こちらが愛するとなれば、当然、相手にも愛されたかった。
だから、相手を愛する事が出来るまでの時間が欲しかった。
その為には、早く相手と出会い、お互いを知る必要があった。
「アーウィング!早く顔を見せてちょうだい、私の息子よ!」
部屋の扉が開かれると、そこには久しぶりの母の姿があった。
「母上!わざわざ来られなくても、こちらから伺いましたものを…」
「まぁ、貴方の訪れを待っていては、いつになるかわかりませんもの…」
アーウィングは、小柄なこの母を軽く抱きしめた。
「すっかり大きくなられたわね…」
「母上が元気に生んでくださったおかげですよ」
この母は、いつみても少女のようだった。
「貴方に、私、差し上げたいものがあるのです…」
にっこりと笑う。
「これを…貴方が結婚する時に、渡そうと決めていたのです…」
それは、指輪だった。アーウィングは、その指輪に覚えがなかった。
「母上のものですか?」
それにしては、随分地味なものだ。
「こちらは…貴方の父上、ファイサル陛下に頂いた物なのです。
少女の、まだ后となる前、私はお忍びで視察をしておられた陛下にお会いしたのです。
その時、陛下は、ご自分でも不思議そうに、こうおっしゃいました。
『人は、何度でも恋に落ちる事ができるのだな…』と、
そして、私に約束されました。
『必ず、そなたを迎えに来る。だから、私を待っていてくれないか?』
…私は言いました、『何か、証を下さい。そうでなければ、夢の事のようで信じられません…』と。
そこで、陛下は、すぐさま町でこの指輪を買われ、私に"約束の証"として下さったのです…」
「それで、こんな飾り気もない地味な指輪だったのですね…」
アーウィングは、納得がいった。
「でも…素敵な指輪です。ありがとうございます、母上!」
「貴方の、妻となる方に渡して差し上げて?」
「勿論です!…しかし、まだ正直、結婚の心づもりが出来てないのです…。
母上は、どう思いますか?」
つい、不安な気持ちを打ち明けてしまった。
「そうね…ただ、相手の事を思いやる気持ちが大事だと思うわ。
向こうも貴方と同じ立場なのですから、お互いに政略結婚という認識では良くないでしょう?」
「はい…そう、ですね…。僕はどうかしてた。
こちらから歩み寄らねば、向こうから歩み寄ってきてくれるはずありませんよね…。
僕が弱気では、相手をもっと不安にさせてしまうところでした」
母の言葉にハッとした。
初めからこんな弱気では、"愛し、愛される"関係が築けるはずもない。
「僕は、必ず幸せになってみせます!そして、相手も幸せにさせてみせます!」
「そうよ、それでこそ私の愛する息子…」
「僕は、クレツェントに行きます!」
アーウィングは、まだ見ぬ花嫁に会いに行く事を決めた。
それは、"愛する事"を始めるきっかけである、"出会い"をする為に…。
ようやくアーウィング登場です!
実は、彼は僕の分身であり、理想の少年像でもあります。
そして、ここからがパロディ小説の本編と言っても過言ではありません。
これらのパロディは「僕がリディアを幸せにする!」というコンセプトのもとに
書かれているのです。
だって、リディアはライラがスウェインと通じた所為で
女王にならざるをえなくなって、政略結婚ですし、
カイザーとのロマンスを書いても結ばれない事が分かりきっていて、
それなら旦那自身に幸せにしてもらうしかないじゃん!
そこでアーウィングが誕生しました。